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2019年9月 8日 (日)

トールキンを観てきました。

悲しくて悲しくて、とてもやり切れない~~と
つい口ずさむこの頃ですが(疲れてます)、
これは行かずには済むまいと
早々に行ってまいりました。
(上映が決まった時点ですぐさまムビチケを買いました;;。)

指輪映画公開「前」のことをつい思う習慣が抜けず、
まさか原作者の映画が作られ
かつ大々的にわが日本で公開になるなんて
(そのくらい超のつくマイナー分野だったと思ってました←私の周囲では)、
と思ってしまいましたが、
皆さんの感想を見るにつけ、
むしろ感動が「薄かった」自分が変なのかもと思ってしまいました。

で、改めて思ったこと。

淡々とした美しい映画でした。
端々に、敬意や愛情やこだわりや
さまざまな優しいものが溢れている作品でした。
(いきなり戦闘シーンではじまるとか
ハードな場面がこれでもかと続くとかいうのは置いておきまして;;。)
感動が薄いというのは、
一応長年ずっと一ファンであり、
翻訳されている作品も自伝も目を通していて
すでにどこか自分の中の一部になっているようなところがあるから
なのかもしれませんが、
今、この混沌とした世界において、
まっとうな言葉、教養、思いやり、勇気、まっすぐな生きざま、愛情、
そういうものが真正面から
言葉や、言葉にならないシーンから語られていて、
思えばかつての自分も
そういうものから紡ぎ出されてきていた物語に
魅了されていったのではないかと思いいたりました。

14才で指輪物語に出会った私は、
大学に入学してしばらく経つくらいまで
ほぼ肌身離さず指輪物語の文庫版を持ち歩いていて
(巷でフラッシュガンダルフと呼ばれている表紙の版です~)、
一種の精神安定剤であり、
バイブルのようなものでありつづけました。
今はさすがに持ち歩いてこそいませんが、
物語の言葉、セリフの数々はいつも心のどこかにあって
何か起きるとふいっと頭に浮かんできます。
馬齢を重ねてみて、
教授の原点を映像で見せられて、
青年時代のあれこれが物語に反映したであろう影響が
若かったときよりも
身に迫って理解できるような気がしました。
つくづく映画を作られた方の読み込み(愛情?)のおかげかと。

芸術を心より愛し、敬意を払い、創造することを熱望した若い彼らの絆は
なんと美しかったことか。
↑は、さんざん使い古された表現ですが;;、
本来はこういうときに使うべきではないかと思えるくらい
本当に相応しいものでした。
(絆という言葉もまたこういうときにこそ使うものではないかと(以下略)。)

もう一度観ることができたら、
感想はもっとずっと深い深いものになりそうです。
芸術には意味がある、という言葉が、
戦時という非常時をも超えてきたからこそ真実と信じられる。
この一点だけでも、
素晴らしい映画だったといえるかもと思いました。

某氏がおっしゃっておられましたが、
芸術は正気を保つのに大変役に立っている、と。
私も同じことを真剣に感じるこの頃です。

あっちこっちを見つつ、聞きつつ、
休みながら行きたいと思います。



















 

 

 

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