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2011年4月

2011年4月17日 (日)

わたしを離さないで

随分前になりますが、話題の映画を見てきました。
ポスターを見かけて、
これは観ようと即決したのですが、
原作者の意図をあとで知り、
思い切り違う見方をしていたようでした。
冷静に観るのは難しい映画でしたが、
前評判以上に、素晴らしい演技がされていました。
どんなにやりきれない気持ちになっても、
演技を観る価値があるとお勧めできる映画でした。
以下、ネタばれが入っていますのでご了承ください。
(原作者の意図としては
そもそも謎解きやSFとして扱う意思がないようなのですが、
未見の方には特に一応お断りさせていただきます。)

そんなわけで初見の感想はひどいもので、
「アイランド」の方がいっそずっと正直でいい、
命は生きなきゃダメじゃん!と心で叫んでおりました(^^;;)。
ユアンとスカちゃんが共演し、
ショーン・ビーンが悪徳所長(?)を務めたSFアクション映画と
前提となる設定はある意味同じなのですが、
全く違うのは主人公たちの「運命」に対する態度。
促成栽培で育てられ(記憶は植えつけられ)たクローンたちを、
その瞬間まで騙し続けて利用するだけの「アイランド」とは違い、
一人ひとりを子供の時から丁寧に、
人間らしく扱い、保護(管理)下において育て、
「使命を果たす」ために生まれてきたのだと
いわば洗脳してしまうので、
子供たちは皆その運命を受け入れてしまいます。
残酷な運命から逃げられないでいるのに、
人である限り自分として生きたいし、愛したい。
人間としての当たり前の感情がある。
そのあたりの葛藤が
極めて丁寧に、
リアルな映像と演技で積み上げられていくもので、
本当にこんな学校や村があるのではないかと
一瞬錯覚してしまうくらいです。
主人公たちの子供時代の子役たちからして本当に上手だし、
また大人になった役者さんたちに良く似ている気がします。
一つひっかかっていたのが、
おそらく自分の理想に従って
彼らを人間らしく育てて(監視つきですが)きた元校長が
助けを求めてやってきた二人に向かって
「可哀想に、なにかできることがあればいいんだけど」と言うシーンがあり、
一体何を思って、
「人間らしく」彼らを育てることができたんだろうと
疑問に思っていたのですが、
あとでネットを眺めていたら、
子供たち、ではなく、creatures、と呼びかけていたみたいで、
ぞっとする思いがしました。

作者の意図としては、この特殊な設定はむしろ、
「寿命が短いという背景」を描くために辿り着いたもののようです。
ネットでみかけたインタビューから一部貼り付けてみます。

・・・我々が自分の運命を受け入れ、その運命から尊厳を育てていこうとするといったテーマは同じです。『わたしを離さないで』では、寿命が想像以上に短いという背景に、友情や愛について人々が抱く希望などについてもテーマに入れています。こういうことに私は本当に関心を持っています。人生はとてもはやく過ぎていく。さっと手元から抜けるほどはやく過ぎていく。もっともいい機会を簡単にムダにしてしまう。こういうことも常に私の作品の中に見られるテーマです。舞台設定が異なってもそうです。・・・

最後のキャシーの台詞がやはりキーなのでしょうか。
でも、やっぱりやりきれないなあ、とつぶやいてしまう映画でした。


原作者カズオ・イシグロ氏のインタビューは
こちらから見せていただきました。

http://cows.air-nifty.com/seagal/2011/03/post-1abd-29.html

http://www.globe-walkers.com/ohno/interview/kazuoishiguro.html

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ココロのつぶやき(スルー推奨)。

大半の桜が満開を過ぎましたが、
まだまだ桜とピクニックを楽しみたい人たちが
河川敷を埋めていました。
どんなときにも子供は走り回るし、
人は笑いさざめき、音楽を楽しむことができる。
生きているって力強いな~と思います。
まだ満開を誇る桜も、新緑のはじまった木々も、
本当に美しくて心に沁みます。

以下は心にひっかかってしまったことです。
やや硬い話が続くため、
スルー推奨でお願いしますm(_ _)m。





今朝新聞を見ていたところ、
このたびの原発事故周辺の避難区域について
「10年、20年住めない」という発言が
誰とはいいませんが飛び出したという記事が出ていまして、
絶句してしまいました。
私の桜見コースは原爆ドームのそばを流れる河川敷なので
つい思いだしてしまったのですが、
原爆投下後は「75年は草木も生えない」と言われたんだよなと。
(それが大間違いだったことは、歴史が証明しています。)
私自身不勉強で放射能についての知識は知れたものですが
(原爆については子供の時に毎年叩き込まれました)、
世間一般の誤解や偏見は
それ以上に問題があるのではないかと思い至りました。
原発周辺から避難してきた子供から
放射能が「うつる」なんてありえないでしょう・・・。
本当にどこの、いつの時代の人間の発言なのかと
あきれ果ててしまうしかなかったのですが、
昔被曝された方たちが
いわれのない偏見に苦しめられたことと
さほど変わらないことが今も起きているようで、
一番怖いのは無知であることだなと
思わずにはいられませんでした。
そもそも大量殺りく兵器として
おおっぴらに町の真上から落とされた
原爆による放射能被害と
今回のような事故を一列に並べていいものかと
疑問に思わずにはいられませんが
(ウランとプルトニウムの違いとか
細かい知識が全くありませんので
素朴な疑問というところですが;;)、
正確な知識と情報が
早急かつ適切に開示されてほしいと切に思いますし、
きちんと知る努力をする必要があると思いました。
原発事故当時に、
「原爆にお(遭)うたときのことを思うたら、
こんなのなんてことないよ」と言うおばちゃんの言葉に
軟弱な戦後生まれとしては
沈黙するしかありませんでした。
あの焼け野原から本当に復興したんですから・・・。
やはり、今自分にできることをするだけだなと思いました。
明日何が起こるかなんてわかりませんから。

今回は全く被害がなかった地域におりますので、
申し訳ないと思いつつ、
経済活動も細々と営ませていただいています。
先日人様のブログを読ませていただいていて、
寄付をするのに
フットワークが軽いところにするのも効果的、ということを知りました。
画面を見るのが(目が)つらいのでなかなか探せていませんが、
そろそろ今月もどこかにしようと思います。

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2011年4月10日 (日)

春爛漫。

4月に入った途端に唐突に寒さが緩み始め、
蕾すら目立たなかった桜が一気に開花して、
この週末にはいたるところで満開となりました。
毎年きちんと
入学式に間に合う(または持ちこたえる)ように咲く桜の不思議を思い、
桜の花を見ただけで自然に顔がほころび、
陽の暖かさにも誘われて
各々が穏やかな春の日を楽しみに
桜並木に賑やかに集まってくる不思議。
桜があればなぜかそこで
皆が飲み食いしたくなるのも不思議;;。
私はただ並木をほろほろと
人と桜を眺めながら歩いただけなのですが、
当たり前の幸せを
心のどこかで申し訳ないと思いつつも
しみじみと感じました。
普通に家族に痛みを抱えている間にすら
桜を見ていても暖かい気持ちになることは難しかったので、
落ち着かない暮らしを余議なくされていて、
もしも家族の安否も確かめられない状態であれば
まったくもって和むどころではないだろう・・・と
お察しすることしかできませんが、
早く、早く、支援の手がゆき届いて
一刻も早く、日常の日々が戻ってきますように。
阪神大震災に遭われた方の記事を見ていたところ、
ひとときでも非日常の世界から離れ
何事もなかったような大阪などを訪れてみて、
ずいぶん気持ちが落ち着いたというようなことを書かれていました。
できることならほんの少しでも
そういう時間を持っていただけたらなあと
まだまだ難しいのを承知で
つい思ってしまいました・・・。

そういうわけで、特にお花見はしなかったのですが、
あまりにも見事で可愛らしかったので
お墓参りのついでに霊園で写真だけ撮ってきました。

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春は桜が本当にキレイなんだから!と
ここを選んで購入した母の声が
聞こえてくるような気がしました(^^;)。

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