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2008年5月 5日 (月)

アイム・ノット・ゼア

またしても上映期間のカウントダウンに追われつつ
見に行ってまいりました。
朝は雨でしたが午後には回復しまして、
お祭りのパレードを通りすがりに見てきました。
いや~世間の人のパワーはすごいです(疲)。
映画も思ったよりもずっと人が入っていました。
予告編では先日見た『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』が流れまして、
この編集もすごいな~と感心してみていましたが、
今さらながら、あの伝道師は
『リトル・ミス・サンシャイン』のお兄ちゃんだったんですね。
一風変わった役が多いのでしょうか(←2作しか見ていません;;。)
ヴァイオリン協奏曲が頭の中をめぐり始めたあたりで
それを断ち切るように、静かに本編が始まりました。

物語ですが、
6人が演じるボブ・ディラン(と俳優さんの名前)とだけ聞いていまして、
ボブ・ディランその人も作品も全く知らないもので
とにかくどんなものか見てみた次第です。
細やかなリサーチをされているとのことなので、
ファンの方なら大変楽しめるところのようなのですが、
まっさらで見た印象はといいますと、
実話のような、創作のような、
つぎはぎのようでつぎはぎでない、
不思議な調和のとれた作品でした。
それぞれの役者の演じる異なる時間軸の映像や物語を
交互に見せられたり途中で切り替えられたりするのですが、
違う役者が演じているのに
時にそっくりなように見えることもありました。
(↑ケイト様とクリスチャンです。)
描かれるボブ・ディランその人が
物理的にも精神的にも一つところに留まらない、
もしくは留まることのできない人で、
常に「変身」すると言われつつも
それが彼の「普通」であり「常態」なのかな~と思いつつ
見ていました。
その時の彼自身を「正直にありのままに表現する才能」によって。
フォーク歌手、ロックンローラー、宗教家、詩人・・・
それぞれの「肩書き」を付けられた姿を信奉され、
そこから外れると「裏切り者」と罵倒されブーイングを受け
商業主義に迎合したなどとまで言われたのは
それだけカリスマ性があったのでしょうが、
そこまで熱くなる「ファン」たちの姿にも
別意味圧倒されました。
ベトナム戦争に被る時代でもあり
インタビューアーや熱いファンによる意見や質問の内容も
濃く真剣であるのは理解できる気がしますが、
そんな中で実は彼だけが「流されず」、
彼自身と彼の音楽を作ることに変化がなかったのではないかな、
そんなことを思いながら見ておりました。
理解度としては、かように心もとないものでしたが、
パズルのピースをはめこんであるようなバランスの妙と
端々に挿入された歌や音楽を
なかなか心地よく見られました。
役者陣ですが、
ケイト様が激賞されたのは納得できるもので、
サングラスを外されても彼女に見えない変身ぶりでした。
形態模写といいますと語弊がありますが、
演技をするってこういうことなのかな~と思えました。
また時々クリスチャンと同じ人に見えたりもしまして、
クリスチャンにも、おお、と思い、、
演技ってこういうことなのかと(←繰り返しですみません;;)。
デビュー前の子供時代?を演じた
マーカス・カール・フランクリン君は
歌も大変上手でよかったです。
ヒースはボブ・ディランその人というよりも
彼の家庭人としての顔を演じていたようでしたので、
ついヒース自身を被せて見てしまったところがありました。
(妻役は『恋愛睡眠のすすめ』のシャーロット・ゲンズブールでした。)
幸い涙してしまうことはありませんでしたが、
あまりにも素の彼と重ねて見てしまったので、
まだこのまま今も生きているような気がしまして、
この先年齢を重ねる彼を見ることはないだろうということが
どうしても信じられませんでした。

最後のハーモニカを吹きながら歌うシーンは
ボブ・ディラン本人だったのかなと思いつつもわかりませんでした。
映像に映るのが本人か本人でないのかは
実はあまり意味がないのかもしれません。
(←マジックにはまってます;;。)

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