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2008年4月28日 (月)

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

4月いっぱいまで使える映画のチケットをいただいたので
昼間に出かけてきたのですが、
『ノーカントリー』と『コントロール』と『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の
どれを見ようかと思いつつ、
時間の合う『ゼア・・・』を見てきました。
しかし、見事にどのタイトルも原題ほぼそのまんまです。
とんでもない邦題を見るよりはいいのですけど(^^;)。
予告編では『スルース』が出まして、
ここで上映するんだ~とはじめて気がつきました。
ほかに『つぐない』と『靖国』が出たのですが、
最近の騒ぎを見るにつけ、
宗教上の理由などで上映規制のかかる国と
どこが違うのかと思うことしきり。
(正直某大国の方がはるかにましな気が。)
どんな作品にせよ、
どんな体制の国においても、
見てどう感じ、認識するかは、
観客個人にゆだねられるほかはないのではないかと思うのです。
予告を見る限り、
普通のドキュメンタリーに見えました。
もし見に行くことができましたら
作家が何を伝えようとしているのか
目と心を通して感じることができればと思います。
ただし、気が付いたら終わっている可能性が大ですけれど(爆)。

そして『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』ですが、
正直言いまして、予告編を見たときから少々ひいておりまして、
アクマのような人間の所業を見るのはちょっと・・・などと思いつつ、
ダニエル・デイ=ルイスの作品を見たことがなかったので、
それはやっぱり見てみたい。
席に座ると、上映時間が2時間をはるかに超していて、
う~ん、失敗したかしら、とつぶやきつつ、
結局最後までしっかり見てまいりました。
非常に淡々とした展開で
何事かが起こる時以外はかなり静かでした。
一人終始目立つというか、
徹頭徹尾描かれるのはダニエル演じるダニエル役で、
一人芝居とはいいませんが、彼の独壇場でした。
ですので、彼の演技を見るには格好の作品ではないかと思います。

(公開になったばかりですので、以下一応白文字にします。)

物語ですが、
ガス大爆発だの揉め事だのといろいろありはしましたけど、
この人は芯からの悪人なんだろうか?と首をかしげつつ
見てしまいました。
例によって期待値を下げていたのもありますが、
そんなにとんでもない人間ではないのではと思いました。
赤ちゃんのときから一人で育て、
共同経営者として扱い育ててきた息子に対する愛情は
本物だったと思いますし、
親しい友人たちと家族のような経営をして
見事なセールストークで商売をやってのけるも
実は人嫌い、というのもわからないことはない。
強烈な伝道師のいる教区に引き寄せられるようにやってきて、
金儲けをしようとする手口はなかなか汚いといえなくはないですが、
時々どちらが「悪魔」なんだろう、とわからなくなったりもしました。
あの伝道師はかなり強烈でしたし、
敬虔そうな父親は祈らないと娘を殴るというし、
最後まで土地を売らなかった老人は
考えようによると一番曲者だった気がします。
第一、彼の殺人行為を盾に
洗礼を受けて贖罪をするように迫るというのも
(ケーサツがなかった時代なのかもしれませんが)
それでいいのかと背筋が寒くなりました。
皆、生活することが本当に大変で、
そこそこに不幸で、
一筋縄で生きていける人間はいないんです。
なので、人間性を失ったダニエルが怪物か、というと、
皆、実は怪物なのではないかと思えてしまいました。
もっとも最後には
さすがに理解を超えてしまいましたが。
「終わった」というのは、何が、なのかな・・・と
今もまだ考えています。


各賞レースで大絶賛を浴びたダニエルの演技ですが、
最後に至っては舞台での芝居を見ているようでした。
時に淡々と、時に厳しく、時に激しく、
結構正直で、
どことなくユーモアの滲む時もあり、
そのおかげで彼の人間性を「誤解した」のかもしれないなと思います。
(読みが浅いのでしょうけど^^;。
単純なもので。)
ハリウッドエクスプレスの特集で
ほかの出演作品をちら見したことしかないのですが、
この人も大化けするタイプの俳優さんのようで、
ほかのものも見てみたくなりました。
しかし、見事に背高さんで長い手足。
馳夫さんそのものに時々見えていたことを白状しておきます;;。


そして気が付くとGWの入り口に来ていまして、
『アイム・ノット・ゼア』の公開も始まりました。
近いうちに見に行きたいと思います。


【追記】

(以下、印象の続きです。
ネタばれといえばネタばれですので、
未見の方はご注意くださいm(_ _)m。)


見た直後に上記感想を書いてみたのですが、
どうも印象が定まらず、
ろくに言葉にすることができないでいました。
鑑賞前に耳や目にしていた言葉や映像が
あまりにも描かれているものからかけ離れているように感じ、
さらにはこれまで描かれた(または話に聞いた)
「開拓時代のアメリカ」を描いた映画とは全く違っていたもので、
相当に混乱してしまっていました。
その後つらつらと考えていまして出た結論が、
このお話は
「共同体(に属すること)に最も不向きな男の悲劇」なのかな~、
というところにたどり着きました(超遅)。
それに映画の中で描かれる「普通」とされる社会が
異常といいますか、
現代から見ると奇妙きてれつというか
滑稽とすら言いたくなるような信心の形状なので、
覚めた目で見ているダニエルのほうが
現代的といいますか、
まだ理解が追いつくところがありました。
私自身にも<一人になる時間がないと持たない>部分がありますので、
ある意味無意識に肩入れをして見ていたところもあるようでした。
(なんにせよ主人公ですし;;。)
家族を愛していてもそこから離れざるを得なかったところに
彼の生まれ持った性質からくる悲劇があり
(家族以外はそもそも全く駄目みたいですが)、
人が幸せを感じるのは
本人が満足の度合いをどこで決めるかにかかっていると思うのですが、
彼には「なにかに満足する」性質(才能?)がなく、
どこまでも完璧に求めたあげくに
手元に残して執着を持つことが出来たものが
「金」だったのかな~と思いました。
金の亡者というと欲深い人間の典型のはずなんですが、
なんだか印象が違うんです。
勤勉ですし(やっている内容はおいておいて)、
金をもうけてどうしようというのではなく、
結果的にはそれ自体が目的で目標のように見えまして、
布教と名声を追い求める怪しい伝道師と
被るところでもあり、
どっちかというと
伝道師の「欲」のほうがわかりやすかったりもしたのは
強烈に皮肉なようにも思えます。
生きること自体が現代と比べるとはるかに切迫していて、
彼の欲は生き(延び)たいという欲に近いというか
すでに同化しているようにも見えました。
最後に狂気の沙汰に走るというのも、
考えようによっては現代の病理を思わせるところもありました。
(このあたりはやはり理解を超えてます。)
あそこまでやるか(本当に怖かった;;)とか、
突っ込みようはまああるのですが、
「終わらせた」というよりは
「終わらせずにはいられなかった」のかなと思えました。
彼の求めた完璧なるもの?は
やはりむなしいものであったのでしょうが。
地球でも月でも火星でもどこでもいいから、
その星にただ一人の人間でいられたなら
彼は安寧を得られたのかな~などとふと思ってしまいました。
(←ドラマになりません(爆)。)
一度見た記憶を辿っているだけなので
見当違いのことを書いている気もしていますが、
さすがにこの長丁場再見する時間はとれませんので
ボケがありましたらお見逃しくださいませ;;。
こんなにしつこく考えさせられた映画も稀でした。
見ていて気持ちのいい作品ではないので
そういうものを見たくない方にはおすすめしませんが、
肌に合わなかった、もう見ない、という作品とは違っていました。
理解が追いつきませんでしたが(爆)、
すっかり裏をかかれた「時代や生活の描写」や
ダニエル氏演じるダニエルを見るだけでも
価値があったな~と思いました。


最後にどうでもいいことなんですが、
どっかで見た目(表情)だな~と
これまたつらつら考えていたのですが、
心なしか蟹○敬三さんに似ているような気が・・・(^^;)。



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