« 観劇1日目旅日記。 | トップページ | 観劇3日目旅記録。 »

2007年9月 4日 (火)

観劇2日目旅日記。

タイトルに芸がないですが、このままいかせていただきます(^^;)。
同じ勢いで続きますので、
うんざりされていない方のみどうぞ。

2006.9.3(日)  晴れ時々曇り けっこう風あり。
当然ながら寝が足りず朝はすっきりしないまま;;。交通センターにてハガキを2枚買って書き、プリントアウトしてきたシドニー公演に行かれた方のレポートを読み直す。4回観られたとはいえ細部にわたるまですごーく詳しく書いてあり、とてもここまで私は覚えきれませんでした。教えてくださったマチコさま、レポートを公開してくださったQさま、感謝ですm(_ _)m。(←こんなところで失礼します;;。)
(ちなみに黒地に銀パイナップルの衣装は、白タキシードのあとに上を着替えていたと思います。蛇足まで。)
今日はクロークに預けなくてすむように小さく荷物を作ってストールを持って出かける。13:00開演。

本当はこの公演がオーストラリアツアーの千秋楽だったのもあり(後にブリスベン、シドニー、パースでの延長公演が決まり、10月2日に千秋楽となりました)、この日は気合の入ったファンが多く同胞の姿もちらほら見かけました。ネットでも何人か来る方のお名前を見ていましたが、結構沢山おられるので誰に声をかけていいかわからず、やめときました(^^;)。
今日の席は1階センターで、アリーナ席ではなくA席。かなり後ろになるんだろうと覚悟していたら、前から9列目ほどで、一番前のブロックの後ろのあたり。なんでと思いつつ、嬉しいです~。アリーナ席を予約した方にあとで聞いたところによると、アリーナ席の数は決まってなかったようで、その日のアリーナ席の人数が少ないとA席のスペースが繰り上がったのだそうで、いやラッキーでした。この距離ならぎりぎり肉眼で見える!!(なので、アリーナ席のチケットは結局現地渡しになったんだそうです。いつまでもチケットがこないと心配していたらそういうメールが直前に来たそうで、大変だったに違いない。)
1階だと全然前が見えないかもと心配していましたが、ステージはずっと高いところに作ってあったのでなんの問題もなく、高いお金を出してきている人たちなのでノリもよく、一部若い女の子たちの黄色い声も飛んでましたが、やっぱり同年代くらいから中年、高齢の方が多かったです。キュートなおばあちゃんが二人でにこにこしながら座ってるという姿を多く拝見し、往年の自国の大スターピーターのファンがやっぱり沢山きてるのかなと思いました。隣に座ったのは同年輩と思しき女性(カップルの片割れでした)で、ノリノリで時々膝が当たってはsorryとすまなそうに言ってくれましたが、ノリが似たようなものなので私も嬉しい。そしてやっと正面から見られたのでようやく気持ちが芝居に入れました。昨日舞台構成は予習済みだったので、歌も芝居もセットダンスもしっかり堪能できました。
長い手足をフルに使って踊る踊る・・・ほんとにじっとしてない人。芝居の流れを崩さないようにあっちこっちでトークが入り、恒例の遅れて入ってきた人に入れる突っ込みは、車を入れてきたの?で、食べ物買って来たの、の答えに爆笑し、それ(食べ物)くれない?というと、ほんとに渡しに来た彼女をハグしてました。僕にハグされてキスされたって言ってもだれも信じないよ~と言ってましたが(多分)、このサービス精神・・・。その後通路側の席にいた小さな女の子の頭をなでたり、舞台中にネックレスをプレゼント!といって差し出した女性にお礼を言って、今だけちょっと置くからね!といって大事にピアノのところに置いたり。ネックレスをどうするんだ~と思わないでもなかったですが、舞台の間は実はオネエ言葉なんだし(ピーターはゲイですし)・・・いいのかな(そうか?)。
恒例の、客をつかまえてお立ち台(会場中ほどに作ってあるんです)でセクシーダンスを一緒に踊るところでは、60~70代のおじさんをチョイスしてインタビューしたり、おじさんの奥さんを大写しにしてインタビューしたり、一緒に会場を走り回ったり。おじさんは水泳のコーチだそうで、20年?踊ってないとか言っていたような。いざ立つとノリノリで踊りまくり会場は大爆笑でした。
2幕の最初では、ブロードウェイ公演では金色パンツに豹柄シャツで登場したところをブリスベンの地元ラグビーチームブロンコスのユニフォーム(上だけ)で登場し会場はまた大喜び。ちょうど大きな試合が同じ日にあったようで、途中経過を知りたいか~とか喋りまくりお客さんと会話してましたが、このあたりは途中からお手上げに。(もともと簡単なギャグくらいしかわからないんですけどね~。)
最前列に座っていた中年くらいの女性グループが豹柄グッズを身に着けてきていてスクリーンに大写しになり、どうやら有名ファンサイトozalotの方々だったようで、ヒューはこれまた笑いながら会話してました。豹柄シャツは着ないの~てなことを言っていたのかどうなのか(自信なし)。NY公演からオーストラリア各地まで追っかけて記事を書いてるんだなあと感心してしまいました。途中で通路を駆け抜け、2階の方まで駆け上がって通路側の席の人たちにハンドタッチの大サービス。
スムーズに舞台は進んでゆき、ピーターが大ブレイクしたあとアメリカで客を呼べるにも関わらず自国でコンサートがやりたいと主張して実現したシーンへ。オーストラリアを離れて外国で成功し、母国で全国ツアーをやってこの歌が歌いたいと考えたヒュー自身にも重なるシーンでもありました。にこにこしたまま直立し、楽しげに誇らしい顔で歌い上げていき、観客は総立ちになりました。力の抜けた、すがすがしい、ただ喜びが広がっていくすばらしい合唱でした。白い衣装の合唱隊の子どもたちが通路を走りぬけ、1階の前方から後方にかけてでっかいオーストラリア国旗が広げられるところも美しく決まり、そのままスタンディング・オベイションとなりました。
ついヒューのことばかり書いてますが、ほかの人たち~ジュディ・ガーランド、ライザ・ミネリ、ピーターの母マリオン、ピーターの相棒グレッグの役者さんの歌もすばらしかったです。このツアー公演ではとりわけマリオンとの絡みを増やしてあって、エイズの問題やピーター自身の私生活よりも故郷と親子の関係の方に焦点を当ててあり、マリオンと、それから出番は少ないもののグレッグの歌“I Honestly Love You”がすばらしく、ここでもスタンディングが起こっていました。(もちろん立ちましたとも!)NYでは「ヒュー・ジャックマン・ショウ」とも揶揄されたこの芝居、そういわざるを得ないところはありますが、やっぱりピーターの歌だからこその芝居であり、ヒューはピーターを演じてこそのこの舞台なんだよなと思いました。
芝居の終盤にピーターのおじいさんからの3世代のことを語るように歌った“Tenterfield Saddler” を静かに歌い、拍手とスタンディングが起こる中、そのままサンバの“I go to Rio”のフィナーレに突入し、舞台から巨大な衣装をつけた(ライオンキング状態といいますか、スプリングタイムフォーヒトラー状態といいますか)全身仮装(違))ダンサーたちが会場に散り、ヒューも会場を走りぬけ、全会場カーニバル状態の中舞台に戻ってそのままカーテンコールに入り、鳴り止まない拍手の中、一人舞台に戻ってきたヒューが“Once before I go”を歌い上げ、静かに笑顔を浮かべてじっと立ったまま、後ろのスクリーンに浮かび上がるピーター・アレンの文字を見上げてそのまま後ろに去っていき、終幕。ずっと拍手を送っていたかったけど。Once・・・はこの世を去る前に大事な人に思いを伝えていきたいというストレートな歌詞なのですが(ピーターの歌詞はどれも自分の私生活をそのまま(なのかどうかはわかりませんが)ここまでストレートに音楽にのせることができるなんてすごい才能だ、とよく思います)、ここでは死を前にした悲壮感のかわりに、この舞台を去る前にたくさんの感謝を伝えたいという思いをこめた歌のように聞こえました。一度の舞台で1キロ減量するというハードさは見ていてもよくわかるもので、消耗しきっているのでしょうが笑顔を絶やさず最後にアレンの文字を見上げる表情には彼に対するいっぱいの敬意がこもっていて、とても止められませんという反則の表情。・・・静かに引いていくきれいな幕切れなのでした。ああほんとうにお疲れさま!!次の舞台まで少しでも休んでください。家族とゆっくりすごしたいに違いないし。

再び列車で街中に戻り、この日はセントラル駅で降りてみる。するといるわいるわ、例のブロンコスのシャツを着て歌を歌いながら練り歩く人たちが・・・。阪神ファンのよう(違)。盛り上がってるところを見ると多分勝ったのでしょうか?夜にはTVニュースが流れ、翌日の新聞には大きな記事が出ていました。有名選手の引退試合かなにかだったようです。

|

« 観劇1日目旅日記。 | トップページ | 観劇3日目旅記録。 »

俳優さん/ヒュー・ジャックマン」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 観劇1日目旅日記。 | トップページ | 観劇3日目旅記録。 »