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2007年7月29日 (日)

ペルシャ展満喫。

連日暑い日が続きますが、
あっつい中をうろうろして参りました。
用があったのは兵庫なのですが、
大阪が近いなあ、と思い、
宿を探すと良さそうなところが本町にあり、
ふと大阪歴史博物館を調べてみると
そこから地下鉄で二駅ではないですか。
やっぱり呼ばれてるんだ~と思うことにしまして;;
晴れて?ペルシャ文明展に行ってまいりました(^^)。

ということで、ここの博物館に入るのは初めてだったのですが、
難波宮跡にNHKともどもどかーんと建っているんですね。
そして大阪城が一望できます。
なんですかこの立派さは。(褒めてます。)
OZやNZの博物館のスケールのでかさに常々溜息をついていたのですが、
日本も追いついてきているといいますか、
色々趣向を凝らしてあって大変楽しいです♪
今年はつくづく博物館づいている気がします。
(地方限定ですけどね。)

で、なにはともあれペルシャ展です。
土器の時代からこの辺りのデザインが大変好きなんですが、
動物基調のものが多くて、
どれも大変美しいなあ、可愛いなあと
それだけで見とれてしまうので
全く説得力がないんですが、
素材が金であれ青銅であれ土器であれ
デザインの精巧さと表情の豊かなことに
惹かれてしまいます。
磨研土器のこぶ牛型各種がずらりとならんだコーナーでは
あまりの可愛らしさに顔がほころび(←かなり変な奴です;)、
土器の羊の頭のリュトンから目が離せなくなったりしていました。
目の下の皺が涙型になっているのが
アケメネス朝期のデザインの特徴とありましたが
(この羊さんはもう少し古そうでしたが)、
長い時間を経て今のような姿で
ぽつんと光を当てられて展示されているこの羊さんは
どんな長い物語を見てきたのかなとふと思ったりしておりました。
以前はそこまで感じなかったのですが、
歴史という膨大な物語の集積を
小さな遺物がそれぞれにずっしりと負っているんだなあと思い至りました。
今目に触れるものは本当に
当時あったもののほんの微少な部分にすぎないのですよね。
うーん、やはりトシをとったということか(^^;)。
まあそれも悪くないかもしれません。
目玉の黄金の獅子のリュトンは
きちんと?涙型の皺が目の下についていまして、
それはそれは精巧で美しく非の打ち所のない
・・・とまで言い切ってしまえる素晴らしさでした。
とてもこんなに古いものとは思えません。
かえって、アレキサンダー以後のパルティア期には
中途半端に(すみません)ギリシャのものが入り混じって
・・・あまり好みではないなあと思えてしまいます。
ギリシャ美術自体は素晴らしく美しいし、
パキスタン北部のガンダーラの仏像は大変好きなんですけれど。
ペルシャというとやはりペルセポリスが白眉となりますが、
ここまでくると文化が爛熟期に入り、
没個性といいますか、建築美の職人技となりまして、
各民族の得意な技術を生かしての分業作業となり、
様式美として確定したものを全く同じ形で再現するというものになります。
朝貢の列のレリーフなどは
どの部分をどの職人が担当するか決まっていたといいます。
(なので全く同じものが「コピー」されているように正確に彫られています。)
それを美しいと感じるか、なんだか生気がないと感じるか、
それはそれで難しいところかと思いますが、
柱頭に置かれたライオンの足部分一つを見ても
本当に精巧で生き生きとしていて美しいものだと思います。
ところで、展示の入り口に置かれていた
マスチフ犬の置物の解説を聞いていると、
ふと『300』のペルシャ王の扮装;;のお姿を思い出してしまって
しばらく頭を抱えてしまいました。(思い出さなくてもいいというのに。(爆))
その後も巨大な王権を示す文字や碑文、記録などが
あちこちに見られるのでついその度に・・・(勘弁してください~TT)。
アレキサンダーでコリン・ファレルを連想する方が
まだ良かった気がしました。(←それもどうなんでしょうか;;。)
巨大帝国が完成し栄華をきわめた文明には
頂点に達したがゆえに負の部分も色々と
あっただろうとは思うのですが、
あれはある意味、大変強烈な「マンガ」でした(_ _;;)。
ちなみに入り口で音声ガイドを借りたのですが、
ナレーションが上川隆也くんで、もう大変よろしゅうございました(^^)。
普段はそこまで感じないんですが、
プロの役者さんだからでしょうか、
聞いていてとても心地よかったです。

もうえらい前になりますが、
イラン・イラク戦争が終わるのを待って
(若い人にはそんな戦争があったの?とか言われそうですが)
2週間でイランを回ったことがあります。
ペルセポリスを見るのをそれは楽しみにしていたのですが、
思いのほかコンパクトにまとまって見えて
大変意外でした。(歩いてまわってみると結構な広さがあります。)
時間に結構追われていたので
付属している博物館などはほとんど見られずじまいで、
テヘランの博物館も駆け足になってしまいました。
当時はまだ外国人に対して色々制限がありましたが、
今はそうでもないのでしょうか。
制限があるといいつつ、旅行自体は色々てんこもりでして、
披露宴の宴会に混ぜてもらったり(女性だけでしたがドンちゃん騒ぎでした)、
お葬式の葬列に出くわしたり、
お祭りがあったり、
一般家庭でお茶をいただいたり、
酒持込みがなぜかばれてケーサツにバスを止められたりしまして
(イランは完全禁酒です)、
当時は「おしん」が大人気でものすごい親日ムードでした。
(ちなみにイランの人はたいへん「濃く」、たいへん親切です。)
お酒も歌舞音曲の類も表向きは禁止でしたが、
もともと陽気でダンスも歌も大得意、
さらにはワインが有名だったお国柄なので、
大変つらそうでした;;。
女性はチャドルを被りコートを着ていましたが、
その下は目の覚めるような洋服と金の腕輪をどっさり着けていました。
若い世代が長い戦争でかなり亡くなっていたので
様々な技術が低迷していて
やっと勉強できるようになった若者に
細工物の技術を教えているところにも出くわしました。
あれから随分経ちますが、
その後あの子たちは立派なオジサン、お父さんになって
平和な国で文化を担いつつ暮らしているのかなと
思ったりしていました。
この平和が再び壊れることのないように、願わずにはいられません。

旅行者によって印象はまちまちだと思いますが、
イランのごはんはおいしいです。
ライスやケバブもありますが、
普通の食堂で食べられる
ナンと豆のシチュー(トマトだったと思います)の定食が
大変おいしかったです。(←つくづく庶民。)
チャイを飲むときは角砂糖をかじりながらとか、
生のタマネギをかじるとか、
どこに行ってもコーラが出てくるのは何故?とか
いくらか謎はありましたが、
バラ水をしこたま使ったケーキとかアイスクリームとか、
当時はあまり受け付けられなかったものも
今は日本でも結構メジャーになりました。(そうか?)
イチジクの干したのをアンジールというのだと習ったのですが、
先日たまたま干し果物の類をアンジールと呼ぶのだと知りました。
ドライフルーツもこの頃は随分メジャーになりました。
ああ隔世の感が(爆)。

ちなみに、ペルシャ展の期間に1階のレストランで、
ペルシャ・ランチというのが食べられます。(ランチなのでお昼です。)
サーモンと野菜のサラダと、
ひよこ豆とトマトと牛肉のシチューとナン、
ドライカレーのセットです。
(ナンとなにかのセットもありました。)
デザートがあるともっと嬉しかったですが(爆)
おいしくいただいてまいりました(^^)。
常設展も、古代の宮廷ジオラマにはじまり
江戸の町並み探検から昭和初期の町並みまで
等身大?で楽しめる体験ができます。
ごらんになってみる価値はあるかと思います。

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