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2006年11月19日 (日)

太陽

家人の誕生日用にと
空いた時間にヌーボーワインを探しに街中に行くと、
えべっさんこと胡子大祭が18日から3日間に当たっていて、
雨とはいえ結構な人出でした。
(胡子神社のお祭りで、商売繁盛のくまでが縁起物です。)
街中大売出しになるほか、
商店街からメイン通りまでくまなく並ぶ
屋台が楽しいのですが、
地元のお店も出店を出していて、
あったかい食べ物、飲み物が嬉しい。
あつあつほくほくのコロッケを買ってほおばったら
てきめんにあったまりました(^^)。
いろいろ覗いたり、
いつのまにやら始まっていたイルミネーションを眺めて歩いて、
一日とっても得した気分。
・・・今後はカメラを持って歩くようにしよう。


さて「太陽」ですが、
どういうことかまた戦争もの。
時代の必然かと思いますが、秀作が多いです。
ロシアの監督アレクサンドル・スクーロフの作品で、
昭和天皇の「人間宣言」に至るまでのお話です。
(日本公開になって良かった~。)
メインキャストは皆日本人なので
不思議な感じはしました。

(基本的に史実なので、とくに配慮せず、
見たままをそのまま書いています。)

昭和20年に入り、
戦況が悪化の一途を辿るようになった頃から
終戦に至るまでの時間を、
天皇が閉鎖された空間でいかに過ごし、考え、
彼なりに行動していったかを、
静かに、シンプルに、描いています。
(ずっと暗い室内の場面が続き、息が詰まります。)
実際の様子がこうなのかはわかりませんが、
皇居での滑稽なまでに儀式的な日常生活が描かれます。
初めて彼と会見したマッカーサーが
「彼は子供のようだ」と評しますが、
国際感覚のない側近、軍人、政治家に囲まれ
(おそらく情報操作され)、
神として隔離され、
常に一人になることを許されずに育った指導者。
知識は豊富で学問に秀で、
西欧の文化にも造詣が深く、
優れた才覚を持っていたにも関わらず、
当時の日本を引っ張っていった人間の中に
本当のオトナは含まれていなかった悲劇。
(陸軍大臣の熱弁には胸が悪くなりましたが、
一人脂汗を流しながらの大変な熱演でした。)

途中に入る東京大空襲の場面は、
天皇の脳裏に描かれた画像であるからなのか、
焼夷弾を民家に落としていくB29が
天皇の研究している生き物の一つのように
幻想的に描かれます。
(ハウルの空襲シーンのようです。)
その後、米軍の占領下に置かれて外に連れ出され、
東京の焼け野原の惨状を初めて目の当たりにし、
ついに「人間」であることを宣言する決心をするのですが、
それを録音した技師の若者は自決する。
「だが、止めたのだろうね?」という天皇に対し、
侍従長は無表情で「いいえ」と答える。
-- これが「日本」だったのです。

ずっと「ラスト・エンペラー」の溥儀のようだなと
思いながら見ていたのですが、
最後の、皇后が天皇を引っ張っていくシーンで
彼よりは幸運だったのかもと思えました。
でも生きていくのもまた並大抵のことではなかったかも。

莫大な数の死者の上に得られた平和を
今の私達がどこまで肝に銘じているか。
オトナでない人間にあれもこれも任せてはいないか、
きちんと見極めなければならないのですが。
私の世代だと「ちょっと昔のこと」なのですが、
今の子供にとってはすでに「歴史」に入るのでしょう。
自分と他者とを知るために、
日本史も世界史もきちんと学んでほしいと思います。
暗記しなくてもいいから。


主人公を出ずっぱりで演じたイッセー尾形は
本人そのものと思わせるなり切りぶりでした。
皇后役は、パンフを見るまで
桃井かおりだとわかりませんでした;;。
老従僕とのやりとりがコミカルだったのが
救いでした。

侍従長役の佐野史郎ですが、
アタゴオルでも女王様の家来をやっていました。
・・・芸幅の広い人です(^^;)。

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